千里中央発の花咲かそ!1,000FLOWERS LIFE

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    Vol.1:「マツタケ・タケノコ」も採れた?
    太田 博一さん

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スペシャル

千里ニュータウン今昔

Vol.1:「マツタケ・タケノコ」も採れた?
太田 博一さん


千里ニュータウン研究・情報センター

千里丘陵は、「美味」の宝庫

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いくつもの丘と細長い谷が入り組んでいることから、かつては千里山(ちさとやま)と呼ばれていた千里丘陵。古墳時代後期から奈良時代にかけては須恵器が生産され、平安時代には皇族の狩り場であったといわれています。この地に、人が初めて住みついたのは江戸時代のはじめ(寛永3年、1626年)。丘陵の斜面地では竹を植えてタケノコを栽培し、大坂のまちに出荷していました。また、千里丘陵はアカマツ林が多く、生活に欠かせない燃料(薪)として利用されていました。また毎年秋にはマツタケ狩りが行われ、食べきれないほどのマツタケが採れたそうです。当時のレシピはどんなものだったのでしょうか? いずれにしても、当時の千里丘陵は美味の宝庫だったようです。

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青果だけでなく、タケノコの缶詰工場も出現

マツタケに比べ、千里の歴史と今もなお寄り添っているタケノコ。その変遷をたどってみましょう。栽培が盛んになったのは、江戸時代の後期。肥料として北海道産のニシンが使われていた竹林もあるそうです。そして、大正時代には、改良指導も行われました。京都長岡と並ぶタケノコの名産地としてその名が高まり青果だけではなく、昭和末期には缶詰工場も出現。「豊中・吹田今昔写真帖」には、タケノコ工場で作業する女性たちの写真が掲載されています。竹やぶの中での宴席もあったようで、マツタケ狩りと同様、うらやましい限りです。子供会開催のタケノコ掘りや朝掘りタケノコを路上販売する姿も見受けられたそうです。現在では、ボランティアを兼ねたタケノコ狩りが実施されています。

1年を通じて鮮やかな緑をたたえる竹林は、今もなおいたる場所に点在。休日に散策してみるのも楽しそうですね。

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千里ニュータウン半世紀のあゆみ

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太田 博一さん
千里ニュータウン研究・
情報センター

都市プランナーという視点から千里ニュータウンの研究に携わるとともに、コミュニティカフェ「ひがしまち街角広場」を始めとする地域活動を実践。千里絵葉書を制作・販売する千里ニュータウン研究・情報センター(千里グッズの会)事務局長。千里まちあるきなど、地域住民のふれあいを育む、数々の活動にも積極的に取り組まれています。

Q:千里中央でのお気に入りスポットは?
A:せんちゅうパル2階の「純喫茶」、せんちゅうパル地下のディープ大阪的雰囲気の飲み屋、千里文化センター(コラボ)屋上庭園

Q:休日は何をしている?
A:街並み撮影を兼ねた長距離まち歩き、町家・長屋・路地探索

Q:最近ハマっていることは?
A:スーパーフライ(越智志帆)の歌声、中崎町あたりの立ち飲み屋でのロック談義

Q:好きな言葉は?
A:地道

  • 1000 FLOWERS LIFE メンバー
  • (仮称)千里中央超高層タワーマンションプロジェクト
  • SENRITOよみうり